過酷な労働環境がうつ病を引き起こす

「うつ病は心の病だ!気持ちの持ちようだ!」なんていわれますが、気持ちや心が弱いことがすべての原因ではないのです。「ウツになってしまったのは自分が悪い」「自分のこんなところがだめなんだ」とご自分を責めないでください。うつ病になる人は責任感が強く、まじめな人が多いといいます。他人のせいにせず、どちらかというと自分のせいにする傾向があるそうです。でも、自分を責めないでください。激務という環境がうつを引き起こす大きな原因なんです。なぜなら私は人生25年も生きてきて、今まで「ウツになったことがありません。」それなのに25年目にしてうつ病になってしまったのですから。。。。。。

毎月の残業時間が80時間以上の過酷な労働環境

私はうつと診断された時は残業は月80時間以上。残業が100時間になることもありました。毎日終電。タクシーで帰ったことも。土日はサービス出勤。「自分が頭が悪いから仕事をさばけないんだ」「自分の経験不足だからいい提案ができないんだ」というように自分を責めていました。

 

しかし、客観的に見れば残業月80時間以上もすれば体を壊すのは当たり前。労働災害が適用されるのも一般的には月80時間以上の残業。立派な労災です。

月80時間の残業なら毎日平均4時間の残業。
→通常の8時間+残業4時間=12時間/日

 

休憩1時間(コンビニでぱぱっと済ませるので、1時間とっていないようなものですが)、休憩1時間もプラスすると、1日13時間も会社に拘束されるのです。朝9時から夜10時まで、毎日毎日働いてたら体は疲れてしまいます。

うつ病を引き起こした仕事って?職場はどんなところ?

就活本や業界研究の本には「大変だけどやりがいのある仕事・会社」とかかれていた記憶があります

 

大学生だった私はうつ病を引き起こすほど過酷な仕事だとは思っていませんでした。好きなことにはのめりこむタイプだったので、自分がやりたいことなら大変だって楽しいはず!と楽観的にとらえていました。「大変だけどやりがいのある仕事・会社」という本当の意味を知らなかったんです。

不夜城の商品開発部

私は外資メーカーで商品開発を担当していました。商品開発部は「不夜城」です。資生堂のマーケティング部も「不夜城」と書かれていた経済雑誌を見たことがあるので、商品開発・マーケティング部は外資系企業にかかわらず、日本企業でも過酷な職場といえます。私がいた商品開発部では「毎年3人」くらいは休職します。1か月でお休みから帰ってくる人もいれば、半年、1年かかる人もいます。欝で休職後、実家に帰ったり、転職していった先輩もいました。

 

外資メーカーだけでなく、外資全般に過酷な労働環境があるといえます。ある友人は外資のコンサルティング会社に勤務していますが、友人の会社でも欝になる人は多いそうです。外資コンサルティング会社といえば優秀で仕事ができる人が多いことで有名。しかし、外資系コンサルティング会社は深夜残業、朝タクシー帰り、早朝出勤が連続する過酷な労働環境。激務が原因でウツになってしまうのです。外資金融・外資系証券会社・外資系保険会社などもうつ病の多い多忙な環境です。

 

商品開発期間がむちゃくちゃに

商品開発部のお仕事は新製品を出して会社の売り上げを作ること。新商品を作るときは物にもよりますが1年〜2年くらい時間がかかります。しかし、会社の方針の変更や競合の激しい攻撃などの環境要因によって、発売タイミングが急に早まることもあります。商品を作るプロセスは変わらないのに、締切だけ早くなって開発期間がきゅ〜っと短くなることも多々あります。私がうつになった時には3か月後には新製品を完成させなければいけない状況に!!

 

毎日終電。土日出勤が4か月続く・・・・

新製品のコンセプト・アイデア作りは通常1か月。それがたった1週間でアイデアを作らなくてはいけない状況に!連日残業し、先輩と100個ぐらいアイデアを作り上げ、夜中に、海外出張中の上司に100枚アイデアのファックスを送ったことがあります。懐かしい。

 

商品開発期間が短いということは、締切がタイトでたくさんあって連日追われる日々です。商品開発のアイデアができたら、アイデアにあうようなパッケージやTVCMを作ったりします。この作業は同時並行で進みます。パッケージができないとTVCMにパッケージショットを入れられない、パッケージの色や形をすぐ決めないと発売日までに生産できない。

 

出す製品のパッケージやTVCMなどは「偉い人」に承認をもらわないと先に進めません。いくら締切が短くても承認なしにプロジェクトは進めることができません。

 

外資のネックは、「偉い人」が外国人のため日本ではなく海外に常駐していることです。日本にいたらすぐパッケージを見せて偉い人のOKをとりやすいのですが、海外にいる場合は、現物を送り返事をもらったり、写真を撮ってきれいなパワーポイントを作ったりと承認をとるのに時間がかかります。また海外との電話会議やテレビ会議では「時差」があります。たとえばイギリスなら9時間、アメリカなら12−14時間。3か国以上で電話会議を設定するときはもっと大変です。早朝や夜遅くにミーティングをすることになります。自分の生活時間がぐちゃぐちゃに。

 

外国人は締切が超〜適当!!振り回される・・・

すごくタイトなスケジュールで仕事をしているのに、外国人は締切が「てきとう」です。日本人の正確さは改めてすごい!と思います。こんなことがありました。インド人の偉い人と電話会議を設定しました。2週間くらい前にメールで会議の時間を予約し、前日にも日程のリマインドをしています。「OK」という返事までもらっています。当日、関係者が集まったのに肝心の偉い人が出てきません。。。。携帯も何度も電話してもつながりません。30分後やっとつながったら、

インド人の偉い人

 

「実は引っこし中なんだ」

 

 

 「えぇ!?引っ越し??なんで???」

 

関係者みんなの予定を合わせるのも、会議室をとるのも大変だったのに、電話会議はリスケジュール。締切も迫っているのに。。。他人のせいで、自分が苦しめられるのです。

 

偉い人、前同意したことを忘れる・・・複数オプションを抱えて走らされる毎日

偉い人が海外にいると、日々コミュニケーションをとっているわけではないので、「前合意したことを忘れている」ことが多々あります。前回と違う発言をしてきたり、合意内容をもう一度説明しなければいけません。偉い人はいくつもの新商品のプロジェクトを管理するので、細かいことを忘れてしまうことがあるのです。時々、「ここにもっとこうならないのか?」といってきます。 「これが現状最大限努力してできるところです。」と前回合意したのに、ひっくり返してくるのです。 商品開発にかかわる人間は「よりいいものを作りたい」と高みを目指します。ただ限られた時間の中でどこまでこだわるのか、その優先順位をつけられない上司との攻防が大変です。ダメだったときのオプションを複数抱えたまま走らされます。

 

外資系企業は残業規制がない

残業を規制する概念は外資にはありません。すくなくとも私がいた会社では。日本企業に勤める友達は「もうこれ以上仕事はやらなくていい。残業はするな」と上司が部下の仕事をマネージしてくれるといいます。しかし、外資は転職者も多く、外国人も多いため、会社として残業を規制する、というルールや文化が育成されていません。無理な仕事もむちゃくちゃ振ってきます。だからみんな残業してます。そのため、残業するのが当たり前になってしまいます。弁が立つ人が多いので、むちゃくちゃな仕事もなんだかんだ理由をつけて正当化してきます。毎月残業を80時間つけていると日本企業では上司の呼出や、規制がかかるそうです。しかし、毎月80時間の残業の勤務表を提出しても外資の人事は何も言ってきません。

私に尻拭いさせる気?と切れる上司

動かない締切、すぐ乱れるスケジュール、連日の深夜残業、、、、、

 

ある日「起き上がれなくなっている自分がいました。」

 

眠すぎて、眠すぎて、起きようとしても、起き上がれないのです。

 

「会社に行きたくない」と体が拒否しだしたのです。

 

無理やり仕事に行ってもぼーっとしてしまって、頭が働かない。
問題解決の方法も浮かばない。
目の前の仕事がありすぎて考えるだけでも苦しくなる。
判断力も鈍り、簡単な作業もミスを連発。

 

上司に怒られる毎日。
怒られるたびに自分を責めた。自分の能力が低いからだ。
なんて情けないんだろう。自分のふがいなさを悔やんだ。
消えてしまいたいと思った。

 

土日も仕事のことを考えて休まらない。
気分転換に出かけた街で泣きながら歩いてた。
勝手に涙があふれ出していたのです。

 

眠れなくなったのが一番恐怖でした。
毎日毎日眠れないというのはとてもつらいのです。
眠ったら疲れも回復するでしょう。でも全く眠れないのです。パソコンを夜中12時ぐらいまで見ているせいでしょうか?脳細胞が覚醒して、全く眠たくならないのです。以前は死んだように眠れたのに。眠れなくてベットの上で苦しんで明け方4時か5時ごろ眠りにつく。

 

同期の友達が「もしかして欝かもよ、と心療内科の受診を勧めてくれました。」 
うつと認定され、薬を飲みながら会社に通っていました。
もちろん鬱であることは会社の誰にも言っていません。隠していました。

 

でも明らかにぼーっとしたり、仕事中に「もう、死にたい」というようになった私を会社の同じチームの先輩がが心配して、

 

「できない仕事は無理っていいなよ。がんばり屋さんで全部受けちゃうから、できないって言ってもいいんだよ。」と言ってくれたのです。

 

上司も「できない仕事は受けない。できないならできないというのが優先順位をつけて仕事をするポイントだよ。」といってくれていた。

 

学生時代からずーーっと頑張って努力するタイプだった。
できないと言うことは恥ずかしいことだと思ってた。

 

でも、
受けた仕事をできないのは能力がないとみなされるけど、初めから仕事を受けなかったり、早めに無理というサインを出せることは恥ずかしいことじゃない。自分の力を理解しているとして評価される。

 

サラリーマンの仕事は一人でするものではなく、チーム全体で助け合って進めるもの。

 

締切に間に合うようにできる人がカバーして、仕事を進めるもの。部下ができない仕事は上司がカバーするもの。

 

それに気づいた。

 

上司に「これ以上できない」と告白。その時上司は・・・

私が連日残業して大変なのに、上司は毎日夜7時か8時に帰っていた。余裕があった。
(*上司は女性30代半ばのバリキャリです。)

 

勇気を出して言ってみた。
「他にもやることがあって、毎日残業でこの仕事ができなくなりそうです。このままではプロジェクトに支障が出てくるので、他の仕事の締め切りを延ばすか、何か作業を減らせないでしょうか?」

 

上司も何かヘルプしてくれる、と思っていました。

 

ところが、、、、
「私に尻拭いさせる気?」と切れてきたんです。

 

いつもは「できない仕事はできないと言って」と言っていたのに。

 

「もう、終わった。。。」と思いました。

 

これを機に休職に入ったのです。

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